ふるさと精油をつなぐ会

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コラム
2020/04/28

コラム 第二回 小林彩子

(本コラムは2020年、会員向けコンテンツとして公開されたものです)

柑橘の花に想う、ふるさとの安らぎ

 5月は各地の柑橘畑で、花が咲き誇るシーズンです。
 戦後すぐに作られた「みかんの花咲く丘」という童謡がありますが、この歌詞は静岡県伊東市のみかん畑の風景を思い浮かべて書かれたものだそうです。
 海風に揺れる白いみかんの花と、遠くに見えるかすみがかった船。戦後初の大ヒットとなった曲の歌詞は当時の人々が強く求めていた、ふるさとの安らぎの風景だったのではないでしょうか。

 アロマテラピーの世界では、ビターオレンジの花の香りを「ネロリ」と呼びます。ネロリは「天然の精神安定剤」と呼ばれるほど、心の奥深い部分に響くと言われる香りです。
 最近では日本でも国産柑橘の花全般をネロリと称し、化粧品などの製品に加工するメーカーが増えつつあるようです。

島に漂う香気と、風景を味わう旅へ

 私が柑橘の花の香りを味わうために、毎年5月に訪れているのは「瀬戸内しまなみ海道」です。
 しまなみ海道は広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ、全長約60kmの高速道路。つまり、瀬戸内海の上を横断できる道路なのです。
 7つの橋と瀬戸内の島々をつなぐ道路沿いでは、青い空と海、そして緑豊かな島の風景を楽しめます。橋の上は、空と海に包まれた一面の青。渡るその瞬間は、まるで鳥になって空を飛んでいるようです。

 しまなみ海道には別名があります。その名も「サイクリストの聖地」。
 この道路には、サイクリングロードが併設されています。美しい風景に憧れて、国内のみならず世界各地から自転車愛好家が集まるため、いつしか聖地と呼ばれるようになりました。尾道から今治まで、路面にはブルーのラインが引いてあるので、初めて訪れた人でもブルーラインをたどっていけば、迷わずにサイクリングができるのが特徴です。
 自転車を趣味にしている私は、この地にサイクリングに訪れたことがきっかけで、柑橘の花の香りの素晴らしさを知ることとなりました。

 初夏のしまなみ海道の島々は、空気が丸ごと柑橘の花の香りで満たされます。
 日の光に照らされて立ち上る香り、夜のしっとりとした空気に沈むように漂う香り…。島中の柑橘畑から一斉に放たれるその香りには、訪れるたびに圧倒されます。
 精油の香りも素晴らしいけれど、今そこに生きている花から放たれる香りのパワーは格別だと感じる瞬間です。

 そして、この時期に橋を渡りながらサイクリングをすると、島ごとの空気の香りが違うことに気づきます。
 ハッサクの産地・因島(いんのしま)、「瀬戸田レモン」で有名な生口島(いくちじま)など、同じ瀬戸内海の島でも栽培されている柑橘の種類がさまざまであることが、香りの違いの理由のようです。

柑橘の花を見比べながら、実りの秋を待ちわびる

 今年(2020年)1月に当会で開催したイベント「国産メーカーの今を知る」でお話してくださったシトラス&アロマ島香房の松田さんの柑橘畑は、しまなみ海道沿いの大三島(おおみしま)の山の中腹にあります。大三島は、瀬戸内海の真ん中に浮かぶ愛媛県最大の島であり、県の最北端にあたります。

 今年も5月に島香房さんの柑橘畑で花を摘ませていただき、花をその場で蒸留して蒸留水(フローラルウォーター)を作る体験に伺う予定だったのですが、県をまたぐ移動が自粛となり、旅の計画も取りやめとなりました。残念に思っていたところ、島香房さんの畑に咲く柑橘の花を数種類送っていただきました。ぜひ会員の皆さんにも一緒に、写真で楽しんでいただけたらと思います。

 満開になる寸前の花を送っていただいたのですが、ひとくくりに柑橘の花といっても、少しずつ違いがあるのがお分かりいただけるでしょうか。レモンの花は、うっすら紫色がかった特徴があるので分かりやすいですね。
 サイズに注目すると、ハッサクの花が最も大きく、その次がイヨカンとレモン、ネーブルオレンジはやや小ぶりで、最も小さいのがウンシュウミカンでした。
 
 また、花に触れた時の感触も個々に異なりました。ウンシュウミカンやネーブルオレンジのように甘い柑橘の花はホロリと崩れやすく、花びらが薄いため傷むのも早いようです。逆に、ハッサク、イヨカン、レモンの花は他の2つと比べると丈夫で、花びらもしっかりとしています。

 香りについての個人的な印象ですが、ウンシュウミカンやネーブルオレンジが比較的爽やかに感じたのに対し、イヨカン、レモン、ハッサクは濃厚な感じを受けました。果実の味の印象と花の印象を比べるのも、興味深いです。

 そっとウンシュウミカンの花を割いてみると、めしべの根元に膨らんでいる子房があるのが見えます。ここが、ミカンの実になる部分です。

 夏に柑橘の畑を訪れると、青く色づいた小さな実を見ることができます。ナイフで切ると柑橘の香りはするのですが、絞ってもほぼ果汁は出てきません。この未熟な柑橘の果皮から採れる精油は、力強く爽やかでシャープな香りがします。

 そして、秋から冬にかけて完熟した柑橘の実を手にした時、5月に咲いていた花のことを思い出してみてください。
 たった数ミリの子房が成長して、大きな実を結んでいく。その成長過程には太陽や潮風、ふるさとが育む土や水があり、柑橘の作り手がいる。そこにも思いを馳せながら、大切に柑橘の実を味わっていきたいものです。