ふるさと精油をつなぐ会

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コラム
2020/06/30

会員限定コラム 第三回 戸田美紀

自然の香り、精油の香り

もう10年以上前のこと。木曽の上松町を訪れました。

上松町には、森林浴発祥の地ともよばれる赤沢休養林がありますが、ここは、また、NPO法人森林セラピーソサエティが認定するセラピー基地でもあります。

上松町は、セラピー基地認定を機に、森林浴から森林セラピーへ、ということで、隣町の病院とタイアップして、人間ドッグの結果に応じて、森林を歩くプログラムを開始するなど、プログラムづくりを工夫していました。森林をご案内する方のためには、森林セラピーに必要な知識講座として、「セラピー基地サポーター養成講座」を開催していました。

森林は、五感を高めるのにはとても効果的なところです。人の感覚器はからだの中のアンテナの役割を果たしており、人のからだは、外界の環境の変化を、感覚器を通してすばやくキャッチすることで、体内環境を調整します。ですから、五感を含めた感覚器機能を高めることが、健康維持につながるのです。このサポーター養成講座でも、香りについて学ぶ時間が設けられたのですが、昨今、香りと言えばアロマテラピーです。アロマテラピー講座の講師として、私は上松町に向かったのでした。

東京を出て、上松町についたのは、夕方のこと。
雨が上がったばかりのこの地に降り立つや、不安が増してきました。
この山深い木曽、上松町は木曽ヒノキの里なのです。
駅のすぐ脇は広大な木場。伐採されたヒノキが沢山横たわっており、あたり一帯がヒノキの香りに包まれていました。

懸念していた通り。

道中、森のプロ達に、精油をベースにした「アロマテラピー」を教える意味を考えていたのでした。

私はアロマテラピーの認定インストラクターの資格を持っていましたが、森林や自然の香りのプロではありません。ただ、この頃、森林療法のスタッフをしていたので、森林は大好きな場所でしたし、森歩きに慣れ親しんではいました。

それだけに、これだけの大自然と自然の香りに包まれている木曽において、精油が妙に不自然に感じられたのです。

講座初日。

最初に、ラベンダーとローズウッドの香りをムエットで嗅いでいただきました。

「臭い」「臭い」

それが、皆さんの反応でした。
つかみから、真っ青です。

多くの参加者は、ご年配の男性。これらの香りをご存知の方はいらっしゃいませんでした。
いくつかの香りの後に、上松町が生産するヒノキ精油をムエットで嗅いでいただきました。

「これならわかる!」

と、皆さん一様に笑顔になりました。

ホッとしたものの、複雑な気持ちでした。

“香り”についての基礎的な話の後は、いよいよアロマテラピーについての講義です。

少々苦し紛れではありましたが、

「森を求めてやってくる都市部の人々は、香りと言えば、アロマテラピーなので、それがどういうものか学びましょう!」

という流れにしてみました。

そして、精油は天然のものではありますが、精油の香りは自然界にはありえないほど、濃縮されていることを強調してお伝えしました。

この日の実習は、定番のルームスプレーづくりです。

「いい香り!」

やっと、そう言っていただけました。
希釈された香りは、皆さんにとっても心地よいものだったようです。

一週間後の次回には、この周辺の香りを教えてくださいね、と宿題を出し、なんとか初日を終えました。

皆、嬉しそうにルームスプレーを持ち帰えられていました。

翌週、再び上松町を訪れました。

場の雰囲気にも少し慣れ、前回に紹介しきれなかった精油の瓶をズラッと並べて、講座の開始を待っていました。

すると、ある参加者の方が、ものすごく沢山の木々の枝を持って現れました。
「宿題だったよね!」と、家の周りの木の枝を沢山採ってきてくれたのでした。

精油が並ぶ机とは、プロジェクターをはさんで対象的な位置に、急遽机を並べて、それらの枝を並べてもらいました。

ニオイヒバ、クロモジ、シロモジ、ホウ、シキミ、ツガ、アスナロ、サワラなどなど。
そして、ヨモギまでも!

「嗅いでみて!」

その方は、並べながら、裁ちばさみで枝を切って次から次へと渡してくれました。

どれも強い、しかし、とてもよい香りでした。(馴染めない香りも若干ありましたが)
普段森の中では、葉っぱくらいしか、そして、せいぜいクロモジの枝の香りしか嗅いだことがなかったので、これにはビックリしました。

なんとも癒される森の香りです。
もちろん、精油の森林ブレンドの比ではありません。

講座が始まる前から、教室の中に森の香りが広がりました。
せっかく並べた沢山の精油ボトルを思わずひっこめたくなったのでした。

結局、この日紹介した精油は、ハンドマッサージに使ったリトセアとラベンサラだけ。
多くの精油たちは、蓋をされたままそこにいただけでした。

会場となった役場に、たまたま沢山小瓶があったので、木々の小枝で「香り瓶」を作ることにしました。
森林療法では時々行う遊びなのですが、即興で研修の一環にしてしまいました。

この日の実習はハンドマッサージ。

ペアになって、精油を入れたオイルでハンドマッサージをしたのですが、これは、予想に反して、皆さん、恥ずかしがることなく、ご年配の男性陣もかなり楽しんでやられていました。

「おぉ、気持ちいいねー」の連発!!

「○○さん、上手いやないか!」

これまで、いろいろな講座をやって、これほどまでに生徒さんに楽しんでいただいたことはないというほど、皆さん楽しまれていました。(涙)

と、いうことで最後には大成功となった2回に渡る香りとアロマテラピーの講座でしたが、自然の香りとアロマテラピー、少々複雑な思いが残りました。

精油も上手く使えばよいのですが、香りを楽しめるだけに、商業化が過度に進み、植物を絶滅の危機に追い込んでしまう実態もあります。また、アロマテラピーを楽しんでいる多くの方々、そして、アロマセラピストでさえも、植物ではなく、ボトルだけに向き合ったまま植物の恩恵を得ています。植物に向き合っていないから、精油の向こうにいる植物を十分思いやることができなかったりします。

隣町から参加された方は、香り高いオオヤマレンゲが一面に咲く写真を見せてくれて、これを精油にできないかと質問されました。

どの町も、なんとか人々を惹きつけるご当地物を見出したいのでしょう。

なるほど。
そうであれば、精油やアロマテラピーの知識もムダではなかったのかもしれません。

こうして、複雑な思いとともに、しかし、不思議と心地よさを感じながら、私はヒノキの里を後にしたのでした。