ふるさと精油をつなぐ会

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コラム
2023/01/05

貝のささやかなつぶやき / ふるさと精油をつなぐ会代表

2.実ると穂を垂れる稲 
 夏も8月半ばを過ぎるとそれまで草色一色だった水田が黄色に色づいてくる。と同時に葉の間から顔を出してきた穂が頭を垂れる。ひとが成長し、人格が優れてくるほど腰が低くなり、頭が下がることに稲の穂が例えられる。水の上で数か月をもんもんと過ごし、真夏の日差しに照らされる頃になると暑さに負けじと穂を伸ばし、むしろその天からの授かりものの暑さに感謝するように穂を垂れる。与えられた逆境にもめげず、そしてその与えられた苦しい境遇に感謝しつつ、それに立ち向かう、そんな稲の穂は人の鑑だ。「我に艱難辛苦を与えたまえ」と神に祈って矢を放ち、困難に立ち向かった源平合戦の時の武将が思い起こされる。平々凡々の生活を送るよりも難事に遭遇し、その解決に立ち向かっていってこそ人は成長する。稲の穂はそんなことを教えてくれる。
今年は例年になく暑かった。各地で40度近い気温になり、40度を超す地域も出てくる始末。激暑を通り越して酷暑だ。熱中症の患者も各地で報告されている。涼しいはずの北海道でも40度近い気温になることもあるから驚きだ。これも地球温暖化の影響だろうか。
稲の実りは8月中旬の頃に暑い日が続くことが条件のようだ。8月に入るとイネは穂を下げてその実を膨らませつつある。この時期には田んぼ特有の草いきれも感じることはない。田んぼの香りも暑さでどこかへ飛んで行ってしまったのだろう。
コメはわが国の主食。それを育てる水田は、はるかな昔、弥生時代から長い時間をかけて開墾され、さらに稲作の技術には改良がなされてきた。近年のコメの収量の改善はすばらしい。 明治の中頃には反当り180㎏弱であったものが、昭和の中ごろには500㎏を超え、現在の平均収量は540㎏となっている。明治の時代からなんと3倍にもなっている。有効な肥料や農薬のおかげも大きいだろうが、機械化などによる作業の効率化、それに何と言っても農家の人の努力も見逃せない。 最近ではスマート農業の名の下でITを駆使した農業も普及しつつある。さらに効率の良い稲作が進められることだろう。
とはいうものの米の生産量も需要も最近は減少の傾向にある。戦後パン食やピザなどの西洋風の食事が増えてきたからだ。米の一人当たりの年間消費量は昭和37年度の118㎏をピークに平成30年の現在はその半分以下になっている。米はご飯になるだけではない。餅、だんごなどの和菓子や、せんべい、あられなどの米菓になり、日本酒の原料ともなる。洋風のケーキや洋酒の普及も米の消費を減少させている。農業生産額の2割が米、そして全耕作地の半分以上が田であるが、米の生産量・消費量の減少に伴い、大事に維持されてきた水田が休耕田と化し、水田の景観が荒れるに任されるようになってきた。わが国本来の原風景が減少しつつある。子どもの頃、田んぼの脇に流れる水路で魚を採り、ゲンゴロウ、タガメを追ったことが懐かしい。秋には稲刈りのあとの落穂に群がるイナゴ採りも懐かしく思い出される。手拭いを二つ折りにして両端を縫い合わせ、上の方に直径5センチ、長さ10センチのほどの竹筒を差し込みその周りの手拭いを絞りこんだ入れものを持ち、落穂の上を飛び跳ねているイナゴを捕まえては竹筒の上から放り込む。醤油で煮たイナゴは足ごと食べた。食べ物の不足していた時代だ。いまの子どもたちにその味を知らせたい。おいしい食べ物にあふれた現代に育った子供たちには食べることができないのではないだろうか。
農村の原風景、そこにはホット一息つける安らぎの何かがある。水田が次第に消えていく。と同時にそこで営まれてきた日々の暮らしも消えていく。寂しいことだ。機械化、IT化の世の中で頭を働かせる理屈だけが先行するような時代になった。しかし理屈だけではわからぬものがある。文明の利器が世の中を動かすような時にこそ、自然との触れ合いが大切のように思う。農村の原風景、それは心のよりどころ、そして稲の穂の実る田んぼ、そこには私たちが世を継いで肌で感じてきたものがあり、ホット一息つけるものがある。そんな風景をいつの世にまでも残していきたいものだ。